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大砂子獅子舞

担当 : 教育委員会 / 掲載日 : 2012/03/14

大砂子獅子舞

この獅子舞の起源は天保年間疫病が流行し庶民がこれに苦しんだとき、大砂子の神職中西永太夫が京都に上り獅子頭を購入して帰り獅子神楽を奉納し、疫病悪魔退散を祈願したことに始まったといわれる。
 その伝承を裏付ける証左として舞台を作る幔幕に天保12年9月吉日の日付けと神主中西石見の染めぬきがあるし、それから24年を経た元治2年のもう1枚の幔幕には神主中西能登とある。
 演技がどのようにして現在のようになったか詳らかでないが、かって伊勢神宮の下級神職が獅子頭を奉納して地方を巡り家々を清めて祓うていたが、いつの頃からか大道芸化し県下東部の各地にて定着したものと推測されている。
 土佐の獅子舞は獅子の相手を要するてがい獅子で、てがい役は幼児や少女、またそれに扮した青年であったり、天狗であったりするが大砂子は太夫である。太夫のてがいは土佐では数少ないが、その演出からみて同一系統のものであろう。記録によると太夫の着ける面猩猩面であったようだが、いつの頃からか翁面に変わっている。


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