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旧立川番所書院(建造物・重文)

担当 : 教育委員会 / 掲載日 : 2012/06/11

旧立川番所書院(建造物・重文)

立川下名口番所(立川関)の歴史は古く、日本後記に延暦16年(797)に丹川すなわち立川駅が置かれたとある。それより国府への官道として立川駅は利用されていた。藩主参勤交代の通路となったのは、それまでの海路を陸路に改めた六代豊隆公の享保三年(1718)からで、立川番所は土佐路最後の藩主の宿所となった。
 立川番所は、藩主参勤交代の本陣として重要視され、岩佐口番所、池川口番所とならんで土佐の三大番所の一つであった。
 現在の立川番所跡建物は、川井家十代立川口番所役人川井惣左右衛門勝忠が寛政年間(1789−1800)建築したものであったが、明治時代になって個人の手にわたり旅人宿となって一部改築せられていた。昭和48年町が譲り受け、昭和49年旧立川番所書院として国の重要文化財に指定された。


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